研修レポート

1.国内練習
  
2年 クラリネット 結城心裕
 12月22日月曜日、朝7時頃学校を出発しました。11時過ぎに埼玉県にある花咲徳栄高校に到着しました。とても大きな高校で、校舎の中にコンビニエンスストアが入っていたことに驚きました。品揃えも豊富で、山形中央高校にあればいいなと思いました。また、吹奏楽部専用の大型トラックも駐車場にとめてあったことにもとても驚きました。
 いよいよ合奏が始まりました。まわりが初対面の人ばかりでとても緊張しました。最初のほうは指揮にあわせるのが難しかったり、表現がそれぞれ違っていたりして、一つの音楽を作ることはとても大変なことだと思いました。また、鹿児島情報高等学校の方は音色がとてもきれいで、勉強になりました。直接アドバイスも頂いたので、今後の演奏に生かしたいです。とても充実した合奏になりました。
花咲徳栄高校

2.出国

1年 ホルン 斎藤安希子
 埼玉での国内練習は、とてもいい雰囲気で終わることができました。最後の曲の練習が終わり、バスで成田空港へ向かいました。初めての海外という人が多く、空港の中に興味を持った人もたくさんいたと思います。空港には意外と日本人の方が少なく、驚きました。こんなにも日本に観光などをしに来る外国人の方が多いのかと感じさせられました。
 私は入国審査の厳しさを直接感じました。あれだけ注意されたのに入国審査に引っかかり、歯磨き粉を捨てなければなりませんでした。海外へ行くというのは、周りにも配慮していけなければいけないものだと感じました。全員が揃い、パスポートや航空券を持っているか十分に確認し、いよいよ飛行機へ。
 飛行機が飛ぶ瞬間の感覚、窓から見えた景色、機内のサービス・・・。全てがどれも新鮮でした。機内食は良いとも悪いとも言えず・・・。少し前の映画から、最新の映画まで観られたのは感動しました。機内サービスも、ほとんど英語で最初は戸惑いが多かったものの、簡単な単語でも伝わり、飲み物などを頼むのも抵抗がなくなりました。
 約12時間の空の旅をなんとか乗り切ることができました。出国の際に気をつけなければならない注意点を直接感じることができ、将来海外へ行くことがあったら応用できる点がいくつもありました。この時点で、私は少しだけ海外への抵抗がなくなった気がします。
 日本を離れ、これから始まる4泊5日の旅への、いいスタートを切れました。
成田国際空港

3.ニューヨークでの練習会

2年 アルトサックス 平吹百恵
 23日の午後、アメリカに到着し、入国しました。初めてのアメリカだったので、空港や人、全てのものに圧倒されました。
 入国審査では、英語で色々質問され英語で答えるのにとても緊張しました。
 24日からニューヨークでの練習が始まり、時差による疲れがありながらも初めての感覚を楽しみながら練習ができました。
 私がニューヨークの練習で印象に残っているのはアメリカ海軍のケネス・メガン先生との練習です。言葉が通じずうまく合奏ができるか不安でした。しかし、先生に通訳していただきながら音楽を通じてコミュニケーションをとり、楽しく合奏ができたことにとても感動しました。また、他の人の音をきいたり、色々な先生の指導を受け、たくさんの刺激を受けました。一つの音にもそれぞれの感じ方や考え方があることを改めて実感しました。
 この練習会で私は音楽を通じてもっとたくさんの人と関わりたいと思いました。
ニュージャージー ラマダ・プラザホテル

4.日米親善演奏会

2年 フルート 伊東晴菜
 カーネギーホールには、道案内にまつわる伝説がある。ピアニストのルービンシュタインが、「カーネギーホールまではどうやって行くのですか?」と道を尋ねられたとき、「練習して、練習して、さらに練習してください。」と答えた。それほどまでにこのホールに立つには膨大な努力と苦労をしなければいけない。カーネギーホールで演奏することを許された私たちは、リハーサルで初めてステージに上がった。みんな目を見張った。五階席まであるホールには、白色の壁に金色の彫刻が散りばめられていた。自分が今日ここで演奏するのかと思うと、期待と不安で胸が一杯になった。音だしをしてから和音を吹いた時、私は驚きの余りホールの天上を見上げた。音のしずくが落ちるまでの時間がいつもより遥かに長かった。カーネギーホールは、柔らかく上品な響きをつくりだすホールだった。
 本番は本当に楽しい一時だった。練習の時に暗譜に力を注いでいた私は、そのかいあって、終始演奏会そのものの雰囲気を思い切り楽しむことができた。幻想交響曲のグレゴリオ聖歌の場面で、目を閉じて体でリズムをとりながら聴いている男性。レ・ミゼラブルを一緒にメロディを歌いながら聴いている女性。練習の時には見ることの出来なかった、大滝先生の心から湧き上がってきたような笑顔。ポップスの時に一緒に手拍子をしたり、歌ったりしてくれる観客。すべてが私のまぶたに焼き付いている。
 ホール中の観客が「ブラボー!」と歓声をあげて、立ち上がって拍手してくれた。涙がこみ上げてくるくらい嬉しくて、心がジーンと熱くなった。それは私達の音楽と観客の拍手とで会話をしているようだった。
 この経験を高校生の今出来たことは、本当に幸せで、価値のあることだと思う。カーネギーホールでのこの演奏会は、間違いなく私達の一生の誇りになるだろう。これから生きていく中で、辛いこと、苦しいこと、たくさんの困難が私達を待ち受けていると思う。だが、このホールで演奏したことを自分の原動力として、立ち向かっていきたい。
カーネギーホール

5.ニューヨーク研修 24日

2年 トランペット 木村千樹
 24日午前の練習を終え、午後は待ちに待ったニューヨーク観光!!
 この日は車窓観光がメインでしたが、僕たちは車窓から見えるニューヨークの街並みに惹きつけられました。近くを通ったブルックリン橋は日本の橋と比べものにならないくらい大きく、徒歩で渡ると30分かかると聞いて驚きました。その後バスを降り夕食をとるレストランに行く途中タイムズスクウェアを見ました。ビルの大きさ、明るさに圧巻されながらも自分が世界の中心にいるような気がしました。
 夕食の会場となったスターダストというお店は、ブロードウェイを目指す役者さんが店員をやっていて、突然歌いだしお客さんを楽しませてくれます!歌を聞きながら本場のチーズバーガーを食べられて、最高の時間でした。
ロックフェラーセンター

6.ニューヨーク研修 25日

2年 ファゴット 佐藤玲良
 12月25日は午後からバスでニューヨーク市内を観光しました。
 最初に、リバティステイトパークから自由の女神の後ろ姿を見ました。自由の女神が右足を少し上げている様子は後ろからでないと見ることはできません。そして、リバティステイトパークからはブルックリンの景色が一望できます。高層ビルが立ち並んでいて、山形では絶対に見ることのできない風景だと思い、驚きました。
 その後は、ブライアントパークの露店で買い物をしました。クリスマスということもあり、大変賑わっていました。パーク内にはスケートリンクもあり、皆楽しそうに滑っていました。
 夕食は、ピクルスの揚げ物から始まり、ハンバーガー、フライドチキン、マッシュポテト、サラダ、コーラとまたアメリカンな食事でした。料理だけでなく、量もアメリカンサイズでさすがに食べきれませんでした。
 どこに行っても、英語や中国語などといった日本語以外の言葉が入り交じっていました。しかし、英語が世界の共通語であるので、これからもっと英語を学んでいきたいと思いました。
リバティステイトパーク

7.ミュージカル鑑賞

3年 バリトンサックス 安孫子真優
 今日はRADIOCITYでミュージカルを見ました。
 少し離れたところでバスを降りて、歩いて会場に向かいました。外はものすごい人の数でした。はぐれないように前の人に掴まりながら歩いていきました。
 やっとの思いで会場に到着し、そこでパンフレットと一緒に3Dメガネをもらいました。ミュージカルが始まるとたくさんの女性ダンサーは、みんな同じ身長、同じ足の長さで統一されていて、一体感のある踊りに驚かされました。そのあと、3Dメガネをかけて映像を見ました。迫力のある演出に、私たちも他の観客たちもとても興奮しました。ステージだけでなく、天井までにも映像が映り、会場全体で楽しむことができました。
 ダンス、3D映像、歌、演技などいろいろな演出が組み合わされてとても印象的なミュージカルでした。本当に貴重な体験ができました。
ラジオシティ

8.帰国

2年 トロンボーン 遠藤直央
 アメリカ、ニューヨークでの日程を終え、いよいよ帰国の日がやってきました。私達は朝早くにロビーに集まりホテルを出発する予定でしたが、なかなかバスが来ませんでした。もう搭乗時間に間に合わないのでは・・・というところでバスがようやく着き、慌ててホテルを後にしました。バスの中ではいかに早く搭乗できるかという作戦をたて、最後のニューヨークの景色を目に焼き付けました。
 バスを降りると作戦通り動くことができました。大型楽器の梱包をはずすという思わぬアクシデントがあったものの、無事全員が搭乗することができました。こんなことは日本ではなかなか味わうことができないのではないかと思いました。
 飛行機の中ではなるべく時差ボケをなおすために日本時間に合わせて寝たり起きたりと14時間を過ごしました。やはり私は機内食は口に合わず、なかなか手をつけることができなかったので、早く日本に帰って日本食が食べたいという気持ちでいっぱいでした。
 成田空港に着くと日本人がたくさんいて、日本に帰ってきたんだなあと実感しました。個人的には少し残念でした。学校までのバスでも時差ボケをなおすために寝ないように努力しました。幸運にも渋滞にもあわず、道路の状態も良かったので5時間程度で学校に着くことができました。
 今回の演奏会では高校生のうちにこんな経験していいのかなと恐れてしまうほど貴重な経験でした。私はこの経験から、さらに音楽を奏でる楽しさを感じながらこれからも精進したいです。
コロンビア大学

9.日米親善演奏会を通して

2年 パーカッション 
日米親善演奏会生徒代表 大江あすか
 日本高等学校選抜吹奏楽団として、ニューヨークのカーネギーホールで行われたクリスマスコンサートに参加してきました。
 カーネギーホールは世界3大ホールの一つであり、真っ白な壁と金色の彫刻が美しいホールでした。音を出したあとの残響が素晴らしく、このホールで演奏することができることに心が震えました。
 演奏会は、ステージにとても近い客席にたくさんの外国の方が座っており緊張もありましたが、楽しんで演奏することができました。演奏が終わると、観客は立ち上がって拍手や歓声をあげ、大成功に終わることができました。この感動は忘れることはないでしょう。
 ニューヨークでの観光では山形では絶対見ることのできない高いビル群や建造物、明るいネオン街、たくさんの人々を見ることができました。簡単な英語や単語しか使えない私達でも、現地の方は気さくに積極的に声をかけてくださいました。
 演奏会当日の日中の観光で訪れたコロンビア大学では図書館などがあり、こんなに綺麗な建物なら勉強する意欲も湧いてくるような気がしました。大学のシンボルであるアルマ・マター像のフクロウを探すことに皆必死になっていました。
 海外の世界的に有名なホールでの演奏会を、高校生の今経験することができたのは幸せなことです。
 この演奏会に参加するにあたり、熱心に指導してくださった先生方、協賛してくださった多くの方々や保護者の皆様のおかげで無事に演奏会を終えることができました。本当にありがとうございました。
リバティステイトパーク

10・カーネギーホール 

顧問 佐藤誠基
 カーネギーホールは、ニューヨーク市7番街57丁目に面している。
それにまつわる有名な逸話がある。
 ピアニストのルービンシュタインがある時、この近所で
「Pardon me sir, but how do I get to Carnegie Hall ?」(すみません、カーネギーホールへはどうやって行くんですか?)と道を尋ねられた際に、こう答えたという。
「Practice, practice, and practice.」(練習して、練習して、さらに練習してください。)
 世界3大ホールは、ベルリンフィルハーモニーホール・ウィーン楽友協会ホール・カーネギーホールといわれている。(装飾や建築様式、残響の観点から他のホールをいうこともある)この素晴らしいホールで演奏できたことは、何にも代え難い素晴らしい経験であった。それはとても文化的な感動といえる。アメリカ人のお客様と翻訳される必要のない音楽を通して会話をしたのだ。演奏会が始まると客席とステージ上の関係は、とても張り詰めた、しかし心地よい緊張感で満ちていた。しかし、音楽がクライマックスを迎えると、その緊張は解き放たれ会場が割れんばかりの大拍手で包まれた。アンコールでは驚きのスタンディングオベーション。客席から聞こえるその拍手の音を、私はステージ上から十分に鑑賞した。
 言・・・の意味の限界を超え、音楽の持つ多彩な表現で会話をし、演奏者と観客が心から理解し合えた瞬間であった。
 高校生の時期にこの経験ができたことは、今後に人生に大きく影響することと強く感じる。辛い思いをした時や困難にぶつかった時は、是非このカーネギーでのサウンドを思い出して欲しい。そして、素晴らしい人生がおくれるようにと、心からそう望む。
 ちなみに、カーネギーホールのホームページのアクセス(道案内)には下記の文章が出ている。(さすがアメリカ人。ウィットが利いている。)
While it takes some people a lifetime of practice to get to Carnegie Hall
(as the saying goes), others just have to follow these simple directions.
カーネギーホールに行くには、生涯をかけて練習し続けなければならないが、そうでない人は下記の簡単な指示に従ってください。



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